再び京都暮らし。そして地震。


 
 
こんにちは!
京都で今朝、地震被害にあった僕です。
 
実は先月末から京都暮らしを再び始めております。
 
 
 
 
 
 
二条城の物見やぐら的な場所に住んだ前回と打って変わって、
今年から銀閣寺の物見や…近所に住むことになりまして 比叡山を間近で見れるほどの場所ゆえ、
住宅街の中に混じる田んぼでは、
よくこんな光景に出くわします。
 
超接近しても全然逃げない。   ちなみに夜はカエルが
引くほど大合唱します。
 
これからどのくらい
ここに住むかは分かりませんが、
 
良い京都生活が
待ってることを願うばかりです。
 
 
 
 
 
まあ、そんな矢先の地震です苦笑。
 
色々と思うことがあります。
 
 
 
 
 
防災の大切さを伝えるために
前作あのさくを抱えて全国上映していた時、
「兵庫で上映しないで」
注意されたことを思い出した。
 
悲しみが蘇ることは確かに辛いけど、
今日みたいに犠牲者が
繰り返し生まれることの方が
何百倍も辛くないかな。
 
もっとみんな向き合わなきゃと思う。
 
 
 
 
 
この春に、
渋谷で街中インタビューした時。
 
関西出身の人達に
「大阪は大きな地震が来ないんで」
「関西は災害少ないんで」
言われたことも思い出した。
 
 
あのさく観てもらった後に
「防災してもらえなそうだなあ」
と一番感じた地域も、
正直関西地方だった。
 
僕と映画の至らなさに
他ならないけど。
 
僕は映画を作る意味を、
そうやってよく見失いながら、
ここまで来た。
 
 
 
 
 
新映画に出演してもらう徳島の中学校は、
町じゅうのブロック塀を検査して、
古いものはないか歩き回ったりもしている。
 
今回大阪で、
9歳の女の子が
小学校の外壁が崩れて亡くなったと聞いて。
 
心の底から悔しい
 
悲しい。
 
 
徳島の中学生がしていたことを、
 
大阪の大人はしていなかったのかな。
 
 
 
 
 
「大きな地震があった時は
ブロック塀から離れる」は、
 
れっきとした対策の一つとして、
防災の本にもよく載っている。
 
 
そういう知識を
親が子どもにきちんと伝えているかどうかでも、
 
助かる命助からない命は分かれていく
 
って本当に思うから。
 
 
こどもに対する防災は、
本当に大事で仕方がない。
 
 
 
 
  
昨日予告篇を公開した新映画。
 




 
 
 
 
 
早く本編を完成させて、
日本各地で上映していきたい。
 
大きな後悔が新たに生まれていく前に、
一人でも多くの人に備えて欲しい。
 
 
 
 
 
京都に住み始めてすぐの地震。
 
防災をそれなりに仕事にしている手前、
防災対策はしているので、
僕の家は無事でした。
 
(ガスは止まってますが)
 
 
心配してくださった皆さま
ありがとうございました。
 
 
 
 
 
これから本震か余震か。
 
引き続き気を付けて過ごしたいと思います。
 
 
 
 
 
 
なんかさ、うん。
 
 
今まで47県でひたすら防災講演してきて、
鬱積する想いが多すぎるんだろうな。
 
 
災害が起きる度に、
誰かが悲しむ度に、
 
それらの鬱積がリンクして、
ぐおおおおおってなる。
 
 
もう僕がこのスパイラルから
抜け出せる日は来ないのかな。
 
とにかく新映画を完成させるしか
今の僕には道はないなあと思う。
 
 
 
 
 
高槻とかめっちゃ近いけど、
支援には行かない。
 
 
 
僕は僕の使命で。
 
今日も映像編集がんばる。
 
 
 
 
 
光一
 

  
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